弥生時代が500年遡る?
昨年(2003年)、放射性炭素年代測定によれば、弥生時代が500年遡(さかのぼ)
る、というショッキングな記事が各紙の一面を飾りました。
まことに画期的なことの様に思われますが、考古学や古代史に携わっている人々
の間でこのニュースの受止め方は様々で、「データは吟味されており、尊重されるべ
きだと思う」、「自然科学が考古学に突きつけた課題は大きい」といった肯定的な意
見の一方で、 「俄(にわ)かには信じがたい」、「放射性炭素年代測定法の信頼性を
めぐっては、学界にはなお論議がある」、「従来の研究成果との関連を慎重に検討す
る必要がある」、というようなどちらかといえば懐疑的な意見も少なくありません。い
ずれにせよ与えた衝撃の大きさが窺われます。
放射性炭素年代測定法
「放射性炭素」による年代測定という方法を、初めて聞かれた方もあるかと思いま
すが、これはそれ程新しい方法と言う訳ではなく、50年以上も前に米国のリビーとい
う物理学者によって開発されました。
簡単にその原理を説明しますと、
自然界の炭素は性質が同じで質量(重さ)が異なる炭素12、炭素13、炭素14という
3種類の原子(同位体)が混じりあって存在しています。
その中で、
炭素14は自然界では1兆分の1個程度の割合で存在し、放射性元素としては比較
的安定しているため時間をかけて崩壊していきますが、半分に減る期間(半減期)が
5730年と非常に長いという性質があります。
又、生物は生きている間は自然界の炭素を取り入れていますが、死亡すると取り
入れも終わります。このため、遺物等の中に炭素が含まれていた場合、その炭素の
中の炭素14の割合を測定することが出来れば、それがいつごろ取り込まれたかが
分かる訳です。
この性質を利用して遺物等の炭素14の割合を測定する方法がリビー博士によって
開発されたわけです。最初の内は精度に問題があったようですが、その後測定上の
工夫や多くの実例に基づいた補正作業等が行われ、現在では木材の年輪をじかに
見て年代を測定する
年輪年代法と並んで、もっとも信頼できる年代測定法として、全
世界の考古学会で使われている方法です。
国際的な学会では、年代測定にこの方法を含む理化学的な測定値を示さないと相
手にされないとまで言われる程、世界的には広く使われている方法であります。
ここで世界的にと申し上げましたが、例外として日本を含む若干の国では、まだ一
般的に採用されるには至っておりません。日本では、縄文時代など有史以前の年代
測定には有効な測定法として扱われるケースもありますが、比較的新しい弥生、古
墳時代については余り使われておらず、測定に出しても「参考程度」という扱いに留
まっておりました。
日本における年代判定基準
では日本ではどの様な方法が用いられているかと申しますと、日本独特の土器の
形式による年代推定法(土器編年)が現在でも正式なものとして認められておりま
す。
これは、考古学が体系的に研究される様になって以来、多くの研究者によって
営々と積み重ねられてきた方法で、簡単に言いますと、全国各地から広く出土する
土器や土器片の模様や、出土した地層の上下関係等を細かく比較して相対的な年
代を割り出す方法です。
その中で、同時に出土して絶対年代が確かだと思われるもの(文字が入った鏡等)
を定点として絶対年代を割り出すことが出来るとされております。
土器編年につきましては、ごく限られた地域における相対的な年代判定としては相
当程度信頼しても先ず問題ないとされるほど精密な研究がなされております。
しかしながら、これを全国一律な絶対年代判定の根拠とするのには疑問がある、と
言う意見はかなり前から出されていたのでありますが学会の中で受入れられるには
至らず、むしろ、日本では土器編年で十分で放射性炭素による年代測定は誤差も大
きく信頼できないとして、正式には拒絶されて来ていたのが実際のところと言っても
過言では無いでしょう。
土器編年に対する国際的評価
世界の遺跡関係の国際学会では土器編年は絶対年代の基準としては認められて
おらず、遺跡関係の国際学会で日本の著名な考古学者が「土器による年代判定」を
力説しましたが全く相手にされなかったという話もあるくらいです。
今回の発表が画期的なように思われると申し上げましたが、それは弥生時代が
500年遡(さかのぼ)るという結果もさることながら、それ以上に「放射性炭素年代測
定法」による年代測定が年代判定の基準として表立って使われたということに、古代
史の研究に対する画期が生じたと受けとめたからであります。
誤解のないように申し上げておきますと、土器編年は全く駄目だというわけではな
く、限られた地域における相対年代の基準としては相当程度信頼できると思われま
す。具体的には、今回の放射性炭素による年代測定の結果、相対的な土器の年代
の前後関係には変化がなかったと報告されております。名人芸とも見えるものが一
定の評価を得たことになりますが、絶対年代判定の基準として使うことには問題があ
ることが明確になったということも言えると思います。
尚、この結果については学会ですんなりと受け入れられたという訳ではなく、依然と
して疑問視する向きがあることは初めに述べました通りです。
尊重されない科学的データ
実は、研究者の間では、放射性炭素法を含む理化学的な年代測定の結果、従来
の定説とは相反するような結果が得られている例が少なからず報告されておりま
す。しかしながらそれらの多くは、学会からは正式なデータとは認められずに、未発
表のまましまい込まれたり、発表された場合でも一部の関心ある人の間にとどまって
いるため社会の多くの人の目には触れていないケースも少なくないと言われておりま
す。
古代史に関しましては理化学的な測定データも従来説が補強される場合には考慮
されるが、従来説に反するような場合には受入れられない、という空気があるように
思われます。その反面、従来説では、こじつけまがいの説明としか思われないような
ことでも、一度定説化すると長年にわたってそのまま受け入れられる、といったことも
見受けられるようです。
見えざる規制といっても良いかもしれません。
当マガジンの目指すもの
当マガジンではそのような見えざる規制(しがらみ)から離れて、在野の多くの研究
者による研究成果も踏まえ、先入観に捉われない文献解読、理化学的な測定データ
の検証、また、各地に残る伝承等の科学的な吟味、等を冷静に積重ねていけばど
のような古代史の姿が見えてくるのか、それは従来の定説とどう違うのか、また、日
本の古代史について、どこまでが分かり、どこが分かっていないのか、ということを、
古代史に興味はあるが今一つ根拠が明確なものに出会わないとか、公式の説明で
は今ひとつ分かりづらい、といったもどかしさを感じておられる普通の常識と判断力
を持った一般の方々に、毎月一つのテーマについて分かり易く解説していきたいと思
っております。